フルタイムの勤務医を、一度離れることにしました。
周りから見れば、年収1000万円以上を手放す「もったいない選択」に見えるかもしれません。
それでも自分にとっては、それを手放してでも立ち止まるほうが自然な選択でした。
仕事で得た収入で投資を続け、29歳で金融資産は1億円に到達しました。
ひとつの区切りとして、「ここまで来た」という実感は確かにありました。
ただ同時に、
「この先、どう生きるか」
という問いも、自然と立ち上がってきました。
もともと、自分は医師という仕事を心から楽しめるタイプではありませんでした。
医師という仕事は、やりがいのある職業だと思います。
一方で、侵襲的な処置や投薬、そして常に責任が伴う環境でもあります。
病棟実習の際、大学病院の内科の准教授が言った
「仕事を趣味にできるやつ、暇つぶしにできるやつが医師を続けられる」
という言葉を、今でも覚えています。
自分にとっては、「仕事=趣味」と言い切れるものではなく、
どこかで無理をしながら続けている感覚がありました。
ストレスにも強い方ではありません。
予想外の業務が次々と降ってくること。
外来で、患者さんの態度や言動に試されるような場面。
怒りや不満を真正面から受け止める必要があること。
さらに、命に関わる判断に常に責任が伴い、
訴訟リスクもゼロではない環境に身を置き続けること。
そういった要素が、自分にとっては少しずつ負担になっていきました。
また、時間の拘束が大きく、
自分のペースで仕事や生活を組み立てにくいことにも、違和感がありました。
だから社会人になった当初から、
「ある程度資産を築いたら、働き方を変えよう」
と考えていました。
資産形成そのものは、ある意味で順調でした。
社会人5年目で1億円に到達したのは、運の要素も大きかったと思います。
ただ、金額が増えていくこと自体は、自分にとって確かな前進でもありました。
それでも、違和感は消えませんでした。
むしろ資産が増えるにつれて、
「このまま同じ働き方を続ける意味はあるのか」
という感覚が強くなっていきました。
2024年頃から、心身の変化がはっきりと現れるようになりました。
連日の歯ぎしり、時折の胃痛、めまい。白髪の増加。
仕事中に集中できない感覚。
患者さんと向き合うことが、なぜか重く感じられる。
診察をしながら、ふと
「自分に診断書を書きたいな」
と思ったこともありました。
「何かがおかしい」と感じながらも、
その違和感をうまく言葉にすることができませんでした。
仕事は続けている。収入もある。資産も増えている。
客観的には順調なはずなのに、
どこかで、
「生きながらにして死んでいる」
そんな感覚が続いていました。
資産はやがて1億円を超え、その後も増えました。
それでも、「楽になった」という感覚はありませんでした。
むしろ、
手段(お金)は増えているのに、
日々の時間の使い方は変わらない。
そのアンバランスさが、よりはっきりと見えるようになりました。
明確なきっかけがあったわけではありませんが、あるとき、これまで積み上がっていたものが崩れたような感覚があり、
「あ、これもう無理だ」
と、はっきり思いました。
2026年から、フルタイムの勤務医としての働き方を一度離れることにしました。
現在は育児をしながら、
最低限の仕事にとどめつつ、生活のバランスを組み替えている途中です。
これからの数年は、これまでの延長ではない時間の使い方を試してみようと思っています。
働くことをやめるわけではありません。
ただ、今後を見据えて自分にとって無理のない形に調整していくつもりです。
現代は、気を抜くと「もっと働く」「もっと稼ぐ」という方向に引っ張られ続けます。
それ自体が悪いわけではありませんが、
自分にとって本当に合っているのかどうかは、
一度立ち止まって考えてみてもいいのかもしれません。
資産を築くことは、「選択肢を増やすこと」だと思っています。
資産1億円というと、まだお金に困らない状態とは言えず、資産形成を続けていく必要があるとも思っています。
ただ、少なくとも数年単位での生き方は、選べる状態になったとも感じています。
その中で、実際に何を選び、何を選ばないのか。
そこには、また別の難しさがあります。
今はまず、
「生きることを味わう」
というところから、やり直してみたいと思っています。
このブログでは、そうした過程を記録していきます。
正解や再現性のある方法ではなく、
迷いながら進んでいく一人の記録として、
どこかの誰かの視点のひとつになれば嬉しいです。
